相続Q&A
死亡保険金と特別受益
ご質問
父が先日亡くなりました。相続人は、兄と私と妹の3人ですが、相続人の中で兄だけが父の死亡保険金を受け取っています。このことは、遺産分割の中で何か考慮されるでしょうか。
解説
1 お亡くなりになった方(被相続人)から、生前贈与によって財産を取得していた相続人がいる場合、この相続人が他の相続人と同じ相続分を受けるとすれば、不公平になります。
そこで、民法は、被相続人から相続人の一部の者に対して遺産の前渡しとみられるような贈与がなされている場合には、相続人間の公平を図るために、「遺産の金額」と「生前贈与された財産の金額」とを合算した金額に、法定相続分を乗じて、そこから生前贈与を受けた相続人については生前贈与された財産の金額を差し引くとしています(民法903条1項)。
例えば、きょうだい3人の中でお兄様1人だけお父様から300万円の生前贈与を受けていて、お父様の遺産の金額が600万円であるという場合には、遺産600万円と贈与財産300万円とを合算した900万円について、それぞれの法定相続分3分の1を乗じて、お兄様はそこから贈与財産300万円を差し引くことになりますので、
お兄様は、900万円×1/3-300万円=0円となり、遺産から何も取得できず、
他の2人様は、それぞれ、900万円×1/3=300万円となり、遺産600万円の中からそれぞれ300万円を取得することになります。
要するに、生前贈与がなされていない状態に戻して、各相続人の取得額を計算することになります。これが「特別受益の持ち戻し」と言われるものです。
2 さて、本件では、お兄様だけが死亡保険金を受け取っているとされていますが、これが特別受益の持ち戻しの対象になるでしょうか。
この点について、最高裁の判例は、原則として、死亡保険金は、特別受益の持ち戻しの対象にはならないとしています。
その理由について、2つの理由が挙げられています。
1つ目の理由が、死亡保険金は、保険金受取人が自らの固有の権利として取得するものであり、保険契約者や被保険者から取得するものではないというものです。
すなわち、死亡保険金は、保険金受取人である相続人の財産であって、被相続人から贈与された財産ではないという形式的な理由です。
2つ目の理由が、死亡保険金は、保険契約者が払い込んだ保険料と等価関係に立つものではないというものです。
例えば、被相続人が数回しか保険料の払い込みをしていない間に死亡して、多額の死亡保険金が支払われた場合、本来の遺産の金額はさほど減少しておらず、保険金受取人は保険会社という第三者から多額の金銭を受け取ったにすぎないため、相続人間の公平には関係しないという実質的な理由です。
3 もっとも、最高裁の判例では、例外的に、死亡保険金が特別受益として持ち戻しの対象になる場合があるとしています。
すなわち、保険金の額、保険金の額の遺産総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及びその他の相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態などの諸般の事情を総合考慮して、相続人間の不公平が著しいと評価すべき特段の事情がある場合には、例外的に、死亡保険金が特別受益として持ち戻しの対象になるとしています。
これまでの裁判例では、遺産の金額が約1億円、死亡保険金の金額が遺産とほぼ同額の約1億円である事例で、特別受益として持ち戻しの対象となるとされたものがあります。
また、遺産の金額が約8000万円、死亡保険金の金額が約5000万円である事例でも、特別受益として持ち戻しの対象となるとされたものがあります。
他方で、遺産の金額が約6000万円、死亡保険金の金額が約600万円である事例や、遺産の金額が約7000万円、死亡保険金の金額が約400万円である事例では、特別受益の持ち戻しの対象にはならないとされたものがあります。
4 相続人のうち一部の者だけが多額の死亡保険金を受け取っているという場合、個別具体的な事情によっては、特別受益として持ち戻しの対象となる場合がありますので、弁護士に一度相談されることをお勧めします。
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